RTOSへの備え:最終回、FreeRTOSサンプルソフト

FreeRTOSの要点を第1回~第3回でなるべく簡潔に解説してきました。簡潔にし過ぎて部分的には不正確な記述もあります。

しかし、正確さに拘って記述すると分(文)量が増え、参考書の和訳になりかねません。ポイントとなる点をざっと掴んで、開発環境で試し、参考書やマニュアルなどで開発者自ら考える、これにより新しい技術を本当に身に付けることができます。私は、これを食物の消化に例えます。

これには、出だしでつまずかず、多少間違えてもスムースに学習を進めること(=先ずは食べること)が大切です。食べたものの消化には、時間が掛かります。後で振り返ると、内容や詳細が解るということはよくあります。

開発者への「開発スピードを上げよ」というプレッシャーは、益々強まります。この状況で技術を身に付けるには、効率的に頭の中の整理、これこそが消化、が必須です。

最良の解説書は、「サンプルソフト+評価ボード」

ソフト開発は、つまるところ、ソースコード+評価ボードによる開発環境に勝る解説書は無いと思います。ソースコードを読み理解するのに最低限必要な知識と、実際のマイコンで使えるFreeRTOSサンプルソフトを示す、これが今回のRTOS関連記事の目的です。

そこで、第3回のタスク間データ通知、同期、排他制御の自作サンプルソースや、NXPオリジナルのLチカサンプルに、より解りやすい日本語コメントを付加した第1回のLチカサンプルソースを弊社サイトのRTOSページで公開します。

このサンプルソフトを使えば、より具体的に、日本語コメント付きソースコードを参照しながらRTOS習得や理解ができます。評価ボードで動作が即確認できますので、出だしのつまずき回避にも有効です。

FreeRTOSのAPIは、多くのパラメタを含みます。パラメタを変えた時に、どのように動作が変わるかをサンプルソースに修正を加え、評価ホードで試すことができます。これは、結構重要です。食べ方を自分で変えて消化することに相当するからです。また、このパラメタ変化を事細かに記述する術は(多分)ありません。

しかし実際の開発では、この事細かな事柄を知っていないと、トラブルやバグ回避ができません。このことが「サンプルソフト+評価ボード」が最上の解説書とする理由です。

FreeRTOSサンプルソフト

FreeRTOSサンプルソフトは、NXP製LPCXpresso824-MAXで動作します。
RTOSへの備え:第1回に予定していたLPCXpresso812/812-MAX、LPCXpresso1114/5の動作確認結果が下表です。

FreeRTOSサンプルソフト動作確認状況
FreeRTOSサンプルソフト動作確認状況

LPCXpresso824-MAXで動作するソースを使い、IO割付と使用LPCOpenライブラリのみを変更し、他評価ボードへ適用しました。LPCXpresso812は824-MAXと同様に動作しますが、LPCXpresso1114/5は、Lチカ以外の動作確認ができません。また、LPCXpresso824-MAXもMutexは、希望の動作をしません。代用として2個のセマフォを使って疑似的に実現しました(Mutex2)。MutexとLPCXpresso1114/5の動作NG原因は不明です。原因が判明しましたら、弊社サイトへ記載します。

以上のように出来が良くありませんので、LPCXpresso824-MAXのFreeRTOSサンプルソフトのみをサイトで公開いたしました。
※2020年3月、このFreeRTOSサンプルソフトをLPCXpresso54114対応へ更新し、LPCXpresso824-MAXサンプルソフトは削除しました。

当初目的の全ボードでのFreeRTOS動作確認は出来ていませんが、これも、(かなり無理があることは承知の上で)評価ボード検証のあかしと考えることにします(Orz)。

※動作しない原因がお判りの方は、info@happytech.jpへまで教えていただけると助かります。

PSoC 6続報

MONOist組み込み開発ニュースに、PSoC 6と他社製品との性能、消費電力の比較が掲載されています(出典:「業界最小」の消費電力でセキュリティも、サイプレスがIoT向け「PSoC」を投入)。

PSoC 6の目標

「ある程度のシステム制御ができる性能+低消費電力+セキュリティ、これらの同時実現」というPSoC 6の目標のために採用された40nmプロセス技術とデュアルARMコアにより、PSoC 6の他社比、優れた性能が解ります。

PSoC 6 Comparison Table1
PSoC 6 Comparison Table1(記事より)
PSoC 6 Comparison Table 2
PSoC 6 Comparison Table 2(記事より)

青字が性能同等、または、より優れた項目を示しています。PSoC 4でも採用中の高性能CapSenseやアナログコンポーネント、多くのGPIO数、そして100MHz動作のCortex-M0+、ピーク時257DMIPSなど、弊社ブログ対象の従来MCUの性能枠を大きく超えるものです。

1MB ROM、288KB RAM、8KB キャッシュの意味

ディアルコアで、1MB ROM、288KB RAM、8KB キャッシュものリソースを持つPSoC 6制御には、RTOSが必要になると思います。MCU開発も、よいよOS必須時代になるのでしょうか?

PSoC Creator News and InformationにNew FreeRTOS on PSoC 4 port が掲載されています(PSoC Creator 4.0のStart Pageからもアクセス可能)。弊社マイコンテンプレートで使ったCY8CKIT-042 評価ボードへも適用できそうです。ARMコアなので、mbed OS 5も気にはなりますが、FreeRTOSですので、RTOSへの備え記事が、理解に有効に活用できるでしょう。

弊社自作FreeRTOSサンプルソフト状況

RTOSへの備え記事は、LPCXpresso 824-MAXを使ってFreeRTOSサンプルソフトを自作しています(Lチカ、Q-通信、セマフォ同期、ミューティックス排他制御の4種)。

この自作サンプルを横展開してLPCXpresso 812/812-MAX、LPCXpresso 1114/5へ適用する予定でした。しかし、LPCXpresso 824-MAXで動作するサンプル(勿論GPIOとLPCOpenライブラリのみ変更)が、Lチカを除いて他の評価ボードでは動作確認ができないのが現状です。

原因が(僅か数十行の)自作サンプルにあるのか、それとも、それ以外かの見極めも、結構大変です。FreeRTOSもv9では、スタティックなセマフォ、ミューティックス割付ができるなど改良が進んでいるのでデバッグには良さそうですが、現状のv8は未だ非対応です。

LPCXpresso 824-MAX版だけでもFreeRTOSサンプルソフトを無償リリースするか、それとも、当初の予定どおり全評価ボード対応として問題解決後リリースするか3月末を目途に検討中です。

RTOSへの備え:第3回、タスク間データ通知、同期、排他制御

各タスクが独立=バラバラで動作する場合には、第2回に示したスケジューラーのRunningの切り替えのみでもRTOSを使ったマルチタスクとしては十分機能します。実際、LPCXpresso付属のfreertos_blinkyサンプルソフトを理解するには、第2回までの説明で十分です。

しかし、あるタスクの結果を待って別タスクが動作するような場合には、結果の待ちや通知、タスク間の同期が必要です。今回は、RTOSがどのようにこれらタスク間のデータ通知、同期を行っているかを解説します。

これらの技術を習得すれば、殆ど(7割以上)のソフト開発をFreeRTOSでカバーできるようになります。つまり、ここがRTOS習得の山場と言っても良いでしょう。少し量が多いのですが、ご勘弁を…。

初めに、状態遷移図のSuspendedによるタスク間の待ちや同期を行う仕組みを説明し、次に具体的な方法を説明します。

Suspendedの役目

第2回で示した状態遷移図のSuspendedが、タスクの待ちを実現します。

タスクAとタスクB間の通知や同期には、タスク実行中に別タスクの結果を待つことが必要となります。タスクAに待ちが発生した時は、vTaskSuspened()のAPIを使ってSuspendedへ移行し、タスクBの結果を受け取ると、RTOSがvTaskResume()のAPIを使ってタスクAをReadyへ戻します。Suspended中も第2回で示したBlocked同様、MCU能力を消費しませんので、待ち期間中も他のタスクがRunningすることができます。

以上がSuspendedによるタスクの待ちや同期を行う仕組みの簡単な説明です。Blockedと似ていることが解ると思います。違いは、BlockedがRunningからのみ遷移するのに対し、どの状態からでもSuspendedへ遷移できる点です。次にRTOSでの具体的な方法を示します。

FreeRTOSのタスク間データ通信、同期、排他制御の方法

RTOSを使わない通常ソフトの場合は、ユーザが定義するメモリ経由で、変数や結果の通知をユーザ自身が行います。また、割込みにより同期が可能です。弊社マイコンテンプレートもこの方法を使っています。

FreeRTOSを使うソフト開発の場合は、
タスク間のデータ通信は、           Queues:キュー、
タスク間の同期は、                      Semaphore:セマフォ、
タスク間の排他制御は、               Mutex(=mutual exclusion):ミューティックス、
を使います。

Queues:キューによるタスク間データ通信

FreeRTOSは、Operating SystemですのでMCU資源のユーザによる直接アクセスを嫌います。メモリなどの直接表現ではなく、論理的にメモリを繋げたQueues:キューという手段で、通信という方法によりタスク間データ送受信を行います。FreeRTOSのタスク間通信Queues:キューは、FIFO:First In First Outとして使います。

FreeRTOS Task Communication
FreeRTOS Task Communication

タスクAからタスクBへキュー経由でデータ通信する例です。受信タスクBは、xQueueReceive()でキューからのデータを受信します。このキューにデータが無い時のみSuspendedへ移行します。Suspended中は、キューデータ有無をRTOSが監視し、データが生じた時はタスクBのxQueueReceive()以降の処理が実行されます。

つまりタスクBは、xQueseReceive()の記述のみでデータ受信処理が実現できます。データ有無による待ち制御は全てRTOS側で行いますので、タスクBは受信処理のみの簡単記述ができます。

キューにより送受信タスクの処理は完全に分離されますが、処理結果のデータは、FIFOなので順序が保たれて通信されます。

Semaphore:セマフォによる同期

FreeRTOSのSemaphore:セマフォは、バイナリセマフォです。割込みによる同期を図示します。

FreeRTOS Semaphore
FreeRTOS Semaphore

割込み処理は、割込みハンドラーと割込みサービスルーティン:ISRの2つで構成します。割込み発生時、優先順位に応じてMCUハードウエアが自動的にCallするのが割込みハンドラー、実際の割込み処理を記述する部分がISRです。※図では、Interrupt!がハンドラー、TaskがISRです。

FreeRTOSの割込み同期は、ISRで割込み発生をxSemaphoreTake()で待ちます。割込み発生時、ハンドラーで割込みフラグクリアなどの処理後、xSemaphoreGiveFromISR()で動作許可(図赤丸)を与えます。この動作許可によりISRのxSemaphoreTake()以降の割り込み処理が実行されます。これが割込み同期の実現方法です。

ISR処理後、動作許可は消えます。再びハンドラーが動作許可を生成するまでISRはSuspendedになります。

Mutex:ミューティックスによる排他制御

FreeRTOSのMutex:ミューティックス排他制御を図示します。

FreeRTOS Mutex
FreeRTOS Mutex

ミューティックスの場合は、セマフォと異なり初めから動作許可(図赤丸)があります。この動作許可を初めにTakeしたタスクAのみが共有リソースへアクセスできます。タスクAのアクセス中は、動作許可がないタスクBはxSemaphoreTake()でSuspendedになります。タスクAのアクセス終了後、動作許可をxSemaphoreGive()で放棄するので、今度はタスクBが共有リソースへアクセスできます。これが排他制御の実現方法です。

つまり、動作の許可を示すバイナリセマフォを同期で使う時はセマフォ、排他制御で使う時はミューティックスと呼ぶだけで、使用するAPIは、どちらもxSemaphoreGive()とxSemaphoreTake()です。
違いは、セマフォ同期のvSemaphoreCreateBinary()では、初期値:動作許可が無いこと、ミューティックス排他制御のxSemaphoreCreateMutex()では、初期値:動作許可が有ることです。

まとめ

FreeRTOSのタスク間データ通信、同期、排他制御の方法を示しました。これら待ちの制御は、スケジューラーのタスク管理Suspendedが重要な役割を果たします。

データ通信は、Queue:キュー作成後、このキューへタスクからデータSend/Receiveという通信で実現します。同期と排他制御は、Semaphore:セマフォ作成後、このセマフォへタスクから動作許可Give/Takeにより実現します。

タスク側の記述は、データのキューSend/Receive、セマフォの動作許可Give/Takeという単純なFreeRTOSのAPIのみで良く、関係タスクの状況に応じて即Runningにするか、あるいはSuspended→Ready→Runningにするかの面倒な制御は、全てRTOS側が行います。従って、ユーザタスクは、必要処理の簡単記述ができます。

今回登場したFreeRTOSのAPIが以下です。

キューデータ通信:          xQueueCreate()、xQueueSend()、xQueueReceive()
セマフォ同期:                  xSemaphoreCreateBinary()、xSemaphoreGiveFromISR()、xSemaphoreTake()
ミューティックス排他制御:xSemaphoreCreateMutex()、xSemaphoreGive()、xSemaphoreTake()

上記と、第2回で示したFreeRTOSのAPIとを加えても20個弱のAPIでFreeRTOSが使えます。これらのAPIとFreeRTOSスケジューラーを理解していれば、FreeRTOS以外でも慌てずにRTOSソフト開発に着手できると思います。

最終回の次回は、ソースコード+評価ボードの開発環境に勝る解説書はない、という話をする予定です。

RTOSへの備え:第2回、タスク管理

RTOSが複数ユーザタスクの無限ループを回し、タスクの優先順位に応じてMCU実行時間を振り分けること、その利点を第1回で示しました。RTOSは、タスクを処理単位として扱います。今回は、RTOSがユーザタスクをどのように扱うかを解説します。タスク自身は既に出来上がったものと仮定します。

FreeRTOSによるユーザタスクの扱い方

ユーザタスクをFreeRTOSで処理してもらうには、最初にタスク登録が必要です。登録済みの複数タスクは、RTOSにより以下のように4つの状態で管理されます。

FreeRTOSへのタスク登録APIが、vTaskCreate()、登録済みタスクの削除APIがvTaskDelete()です。FreeRTOSは、優先順位の高いタスクをRunningにします。従って、登録後、タスクを即実行するのではなく、他タスクとの優先順位判定をReadyで行い、その結果で実行状態にします(図示の太線部分)。

FreeRTOS Task States
FreeRTOS Task States

優先順位は、登録APIのvTaskCreate()パラメタで指定できますが、デフォルトは全て同順位です。同順位タスクは、TICK_RATE(タスク切換え時間)単位に実行状態を切り替えるラウンドロビン方式です。実行後は、再びReadyに戻されます。

例えば2タスクのみが登録された場合、LPCXpresso824ボードなら2タスクを1ms毎に交互に切り替えながら実行します。ユーザ側からは、2つのタスクが並列動作したように見えます。これが最も簡単なRTOSマルチタスク処理の説明です。

デフォルト優先順位の変更に使うAPIがvTaskPrioritySet()、vTaskPriorityGet()です。更にReadyやRunningのタスクに対して、図示のAPIでSuspendedやBlockedへも遷移可能です。

これら制御を行うのがスケジューラー、スケジューラーが行う制御をタスク管理と呼びます。スケジューラーをRTOSカーネルと呼ぶこともあります。FreeRTOSスケジューラーは、4個の状態でタスクを管理しますが、数がもっと多いRTOSの例もあります。
※例えば、RL78用のRTOS:RI78V4は、6個の状態遷移を持ちます。

Blockedの役目

さてここで、第1回で示したLED点滅タスクの無限ループ内にあるvTaskDelay()を解説します。

vTaskDealy()は、タスクをBlockedへ遷移させます。そして設定時間の停止後、Readyへ戻します。つまりBlockedの間は、MCUを使わないため他タスクがRunningになりうるのです。これが、RTOSを使っても、各タスクに通常ソフトと同じように無限ループを記述できる非常に重要な仕組みです。

RTOSを使わない通常ソフト記述の場合、無限ループは、文字通りそのループ内に留まりMCU能力を使い続けます。しかしRTOSは、vTaskDelay()によりソース上は無限ループでも、MCUを使いません。これによりマルチタスク処理ができるのです。

RTOSにより再びRunningに戻ったタスクは、vTaskDealy()の後の処理から実行されます。タスク側からは、指定時間の停止後に継続して実行しているように見えます。

スケジューラーの状態遷移図は、ユーザタスク側からみた状態です。Running以外はMCUを使わないNot Running (super state)ですが、スケジューラー自身のために(ほんの少し!)MCUを使います。このスケジューラーを起動するAPIが、RTOSのmain()最後にあるvTaskStartScheduler()です。

スケジューラー自身は、実は最高プライオリティを持つタスクです。従ってユーザタスクよりも優先的に処理されますが、実態はユーザタスクと変わりません。

まとめ

今回はRTOSのタスク管理を説明しました。スケジューラーの優先順位判定により複数のタスクRunningが切り替わりマルチタスクを実現すること、BlockedによりRTOSでのタスク記述に通常ソフト記述と同様の無限ループを使えることを示しました。

この回までに登場したFreeRTOSのAPIが下記です。FreeRTOS APIレファレンスマニュアルで詳細が解ります。
vTaskCreate()、vTaskDelete()、uxTaskPriorityGet()、 vTaskPrioritySet()、vTaskDelay()、vTaskStartScheduler()、
vTaskSuspend()、 vTaskResume()。
vTaskSuspend()、 vTaskResume()の2つは、次回解説予定。