半導体とMCU開発者

3月19日発生のルネサスエレクトロニクス半導体工場火災により、半導体不足が更に深刻になりつつあります。MCU開発者向け弊社ブログの2月記事は、半導体に関するものを4件投稿しましたので、半導体とMCU開発者の関係を整理してみました。

半導体の歴史

半導体の歴史(出典:日立ハイテクサイト)
半導体の歴史(出典:日立ハイテクサイト)

日立ハイテクサイト掲載の半導体の歴史を見ると、半導体が人々の生活を実質的に変え始めたのは、1980年以降、今から僅か40~50年前に始まったのが判ります。テレビゲームなどがMCU開発者数を急増させ、同時に開発環境の高速・高度化も必要となりPCやRAMも発展しました。

数学、物理学、化学などに比べると半導体の歴史は浅いのですが、これら学問を基礎として急激に発展します。そして、その原動力は、顧客ニーズの実現です。

半導体集積チップ製造とルネサス工場火事

顧客ニーズをかなえる第一歩が、より集積度を向上した半導体集積チップの製造です。より小さく低消費電力で高速な最先端半導体チップが求められ、これを製造できる最先端ファウンドリーが世界で数社しなないため半導体不足が発生します(関連投稿:2月5日、開発者向けMCU生産技術の現状)。

火災発生のルネサス工場は最先端半導体ではないものの、自動車MCU関連が多く「1か月以内の再生産開始を目指す」発表も危惧されています。

ルネサス火災の影響を受ける半導体製品(出典:ルネサス発表)
ルネサス火災の影響を受ける半導体製品(出典:ルネサス発表)

自動車を運転する半導体

数年毎にモデルチェンジする自動車は、半導体のショールームです。例えば、新車で目立つデイライトとウインカーを兼ねるライト制御やサイドブラインドモニターなどの運転支援機能は、半導体の機能高度化により実現されます。他社差別化に、半導体が提供する機能が大きく寄与する訳です。

自動運転が実現すると、自動車を運転するのは人ではなく半導体です。つまり、顧客シェアを決めるのは、半導体だとも言えます。

最先端半導体の供給が滞れば、現状の半導体に機能を押込んででもシェアアップを目指すのはどの会社も同じです。需要(ニーズ)と供給(製造)、調達価格が、市場に出回る半導体チップを決めます。自動車半導体の供給不足は、自動車産業だけに留まらず産業・インフラ・IoTなど全てに影響を与えるのは自明の理です。

半導体とMCU開発者

あくなき顧客ニーズを、ソフトウェアやハードウェアに変換し半導体に実装するのが、我々開発者です。実装には時間が必要ですので、顧客ニーズと製品提供機能にタイムラグが生じます。このタイムラグを少なくするために、製品化サイクルはどんどん短くなります。

ニーズを満たす製品提供タイミングは、重要です。僅か1か月のターゲットMCU供給遅れでも、製品化は1ヶ月遅れでは済まず、売れない製品となります。

一旦高機能化した半導体を使うと、たとえ価格を下げても元に戻ることを顧客は好みません。常に最新製品を求めるのが顧客です。開発者が高速・高性能なPCを使った開発環境を味わうと、従来PC環境に戻れないのと同じです。

歴史が示すように「半導体ビジネスは、顧客ニーズを満たす半導体が、タイミング良く供給されて初めて成り立ち、短い製品化サイクルに苦労するMCU開発者が報われる」ものです。

世界的半導体不足や今回の火災が、我々MCU開発者に与える影響が少ないことを祈るのみです。

今後30年の半導体市場予測とルネサス動向

Runesas

半導体不足が騒がれています。これがCOVID-19の一時的なものか否かが判る下記記事と、最新のルネサスエレクトロニクス動向を関係付け、今後のMCU開発について考えました。

2050年までの半導体市場予測~人類の文明が進歩する限り成長は続く、2021年1月14日、EE Times Japan

今後30年の半導体市場予測

本ブログ読者は、殆どが現役の「日本人」MCU開発者です。定年退職が何歳になるかは分かりませんが、上記記事の2050年まで、つまり、今後30年の半導体市場予測は、在職中のMCU開発を考える上で丁度良い時間の長さです。

予測ですので、大中小のシナリオがあります。我々開発者にも解り易い結論だけをピックアップすると、概ね下記です。

  • 今後、先進国と新興国中間層人口は、COVID-19で人類滅亡しない限りそれぞれ5億人/10年で増加し、2050年に先進国が30億人、新興国中間層が40億人、貧困層が20~30億人の人口ピラミッド構成へ変遷
  • 1人年間の半導体消費量は、先進国が150ドル、新興国中間層が75ドル
  • 2050年の半導体市場は、2010年比2.5倍の7500憶ドルへ成長

ルネサス動向

英)Dialog買収車載半導体改良「AI性能を4倍に」など、SoCアナログ機能増強、ADAS実現やIoTに向けた動きが、2021年になってからのルネサス最新動向です。

これら動向の結果が出るまでには、年単位の時間が必要です。しかし、前章の2050年半導体市場2010年比2.5倍へ向けての行動の1つとすると、なぜ今か(!?)という疑問に対して、理解できます。

2倍化MCU開発

2倍化MCU開発

MCUも半導体の1つです。半導体市場が増えれば、それらを制御するMCU量も増えます。2010年比2.5倍なら、現在の2倍程度MCU開発も増えると思います。

従来と同じ人員と開発方法では、量が2倍になれば、2乗の4倍の労力が必要になります。新しい手法やその効率化なども導入する必要がありそうです。ルネサス同様、今スグに着手しなければ乗り(登り)遅れます。

使用した半導体の貴金属部分はリサイクルされますが、搭載ソフトウェアやハードウェアパターンは回収されずに消費されます。開発物の資産化、最新プロセスで大容量Flash搭載の新開発MCU、新開発手法にスグに対応できるMCU開発者が生き残るかもしれません。

関連投稿:開発者向けMCU生産技術の現状

MCU利用者

先進国だけでなく、新な対象として新興国中間層へもMCU利用者が広がります。新興国中間層は、先進国よりも10億人も多い予想で、1人当たりはより低コスト半導体(=MCU開発)が求められます。

この新興国中間層向けのMCUアプリケーションを検討するのも良いかもしれません。

2045年のシンギュラリティ

Singularity:和訳(技術的特異点)は、人類に代わって人工知能:AIが文明進歩の主役になることです。

最初の記事にも、2045年と言われるシンギュラリティは、一層半導体市場を広げる可能性があるとしています。IoT MCUにもエッジAIが組込まれるなど、今後のMCU開発もAI化は必然です。



エレクトロニクス分析専門家が見るルネサス

本ブログに開発者の立場で何度かルネサスエレクトロニクス批判(本心は応援?)をしましたが、エレクトロニクス分析専門家、大山 聡氏(グロスバーグ代表)がEE Times Japanに寄稿された「なぜルネサスは工場を停止しなければならないのか ーー 半導体各社のビジネスモデルを整理する」で、数値分析結果を示され、明確な危機感・不安感に変わりました。

NXP、STMと大きく異なるルネサスのSG&A

SG&A(selling, general and administrative expenses)は、販売費及び一般管理費のことで、顧客に対するサポート負担経費を示します。売り上げ11%が業界平均なのに、ルネサスは19%と吐出しています。原因は、Intersil買収。巨額IDT買収は、今後の負担としてさらに悪化する方向になるようです。

関連投稿:ルネサスのIDE買収とリスク分散ルネサスエレクトロニクス、IDE買収

詳しくは、寄稿内にあるグロスバーグ作成の「主な半導体メーカーのR&Dおよび、SG&A比較」図を見ると一目瞭然です。

個人開発者としてルネサスの統合開発環境や評価ボードの価格の高さは、いかがなものか(でもルネサスを贔屓するバイアスはありました)と思ってきましたが、この寄稿を読んで国産MCUの先行きに不安感が大きくなりました。

技術的に勝っていてもビジネスでは成功しない例は、日本では多い歴史があります。

日立、三菱、NECの統合・融合したルネサス、日本全体の地盤沈下が見え隠れするなか、国産MCU技術力も同じ歴史をたどるのでしょうか?
もし自分がルネサスMCU研究開発担当なら、このままでライバルと競えると考えるでしょうか?

ルネサスのIDT買収とリスク分散

ルネサスエレクトロニクス(以下ルネサス)が米)IDT買収を発表したことは9月13日投稿済みです。
この買収にはいろいろな憶測が報じられています。これらをまとめ、技術者個人でのリスク分散を考えます。

ルネサスのIDT買収関連記事(2018年9月28日現在)

どの記事もルネサスのIDT買収を、社長兼CEO呉文精氏コメントのように肯定的には捉えていません。むしろリスクの方が大きく、買収が成功するかを危ぶむ声さえあります。

IDT技術のルネサス車載MCUへの応用/流用よりも、むしろNVIDAやインテルなど大手半導体メーカーの自動車半導体市場介入に対する衝突回避/防衛が真の買収目的だ、が各記事の主張です。

私は記事内容から、なぜ回避や防衛ができるのかはイマイチ理解できません。ただ巨大な買収額が、経営的な足かせとなる可能性があることは解ります。半導体業界の巨額買収は、ルネサスに限った話ではありません。

かなり昔、デバイス間通信にIDTの2ポートRAMを使った経験があり便利でした。IDT買収の日の丸MCUメーカー最後の生き残り:ルネサスエレクトロニクスには頑張ってほしいと思います。

技術者個人のリクス分散必要性

動きの激しいMCU半導体製品を使う技術者個人が生き残るには、リスク分散が必要だと思います。

例えば、業務で扱うMCU以外の開発経験を持つのはいかがでしょう。万一の際にも通用する技術を個人で準備しておくのです。その際には、手軽で安価、しかも実践応用もできることが重要です。

弊社マイコンテンプレートは、下記大手4メーカー6品種の汎用MCUに対応中です(各1000円税込)。

  • ルネサス)RL78/G1xテンプレート
  • NXPセミコンダクターズ)LPC8xxテンプレート
  • NXPセミコンダクターズ)LPC111xテンプレート
  • NXPセミコンダクターズ)Kinetis Eテンプレート
  • サイプレス・セミコンダクター)PSoC 4/PSoC 4 BLE/PRoCテンプレート
  • STマイクロエレクトロニクス)STM32Fxテンプレート
    ※各テンプレートに紹介ページあり

テンプレートを使うと新しいMCU開発を実践、習得できます。経験が有るのと無いのとでは雲泥の差です。
リクス分散の1方法としてご検討ください。

ルネサスエレクトロニクス、IDT買収

2018年9月11日、ルネサスエレクトロニクス(ルネサス)が米)Integrated Device Technology(IDT)を買収すると発表しました。
約67億ドル買収完了見込みの2019年前半には、IDTはルネサス完全子会社になります。

ルネサス、IDT買収の狙い

・補完性が高い製品獲得によるソリューション提供力の強化
・事業成長機会の拡大

ルネサスは、RFや各種アナログ・ミックスドシグナル機能を持つIDT製品を獲得し、これらをマイコンやパワーマネジメントICと組み合わせ、アナログフロントエンドを強化、これによりIoTや産業、自動車分野の事業領域拡大を狙うと発表しました。

2017年2月に32億1900万ドルで買収したアナログ半導体メーカの米)Inersilと今回のIDTとの事業重複は無く、ルネサス+IDT+Intersilでエンドポイントのインテリジェンスを抑え勝つ(=優勝を狙う)とルネサス)社長兼CEOの呉文精氏はコメントしています。

System on a chip(SoC)でルネサスMCUに強力なアナログ機能が実装される可能性が高まったと思います。

MicrochipのインテリジェントADC(ADCC)

同様の動向として、アナログフロントエンドに計算機能を備えたインテリジェントADCを使いAD変換結果に含まれるノイズを除去、MCU処理電力を低減するADCCデバイスをMicrochipが発表しました。

2018年9月19日水曜14時~15時に、「センサノードの低コスト設定:ADCC」と題して日本語Webinarsが予定されています。登録は必要ですが、どなたでも無料で視聴できオンライン質問にも回答してくれるそうです。興味ある方は、参加してはいかがでしょう。

QualcommのNXP買収断念とルネサスのIDT買収

Qualcomm による約470億ドルNXPセミコンダクターズ(NXP)買収は、断念という結果になりました。“NXP買収を断念したQualcommの誤算(前・後編)”によると、半導体業界はこの騒動からいろいろな教訓を学ぶべきだそうです。
また、同記事でNXP CEOのRick Clemmer氏は、

「QualcommとNXPの合併により、さらなるスマート化に向けたセキュアな接続を実現するというわれわれのビジョンに必要な、あらゆる技術を統合できる。これによって、最先端のコンピューティングやユビキタス接続を、セキュリティや、マイクロコントローラなどの高性能ミックスドシグナルソリューションと組み合わせることが可能になる。両社が協業することで、さらに完成度の高いソリューションを提供できるようになるだろう。特に、自動車やコンシューマー、産業用IoT、デバイスレベルのセキュリティなどの分野において、リーダー的地位をさらに強化し、幅広い顧客基盤との間で既に構築している強固な協業関係を、さらに拡大していくことが可能になる」

と語っています。

上記は、買収を免れたNXPにとっては実現しなかった訳です。コメント内容は、ルネサスのIDT買収狙いと重なる部分が多く、IDT買収がルネサスにとって重要であることの証拠と言えると思います。

企業買収は、巨大な初期投資が必要な半導体業界での生き残りと主要技術確保のための戦略です。
ルネサスとNXPのIoT、産業、自動車分野のMCU競争は、ますます激しくなるでしょう。