STM32デモソフトから見える問題点

STM32Fxシンプルテンプレート

前回記事で予告しました、弊社マイコンテンプレートを使い、STM32評価ボードのデモソフトへUART-USB通信機能を追加しました(下記仕様参照)。

デモソフトのSW押下げの代わりに、評価ボードとパソコン間のUART-USB通信コマンドでLED点滅速度を変えます。これをマイコンテンプレートのSTM32F0マイコンへのシンプルな応用例という意味で、STM32Fxシンプルテンプレートとします(年内に既存マイコンテンプレートと同様、Baseboardテンプレートと合わせSTM32Fxマイコンテンプレートとして1000円で販売予定)。

STM32Fxシンプルテンプレート仕様
・動作確認評価ボード:STM32F072RB(Cortex-M0)
・LED出力:評価ボード実装 緑LED LD2点滅速度をUART-USBコマンドで変更
・SW入力:評価ボード実装 青ユーザSW(ソフトチャタリング対策済み)PushをUART-USBで表示
・UART-USB通信:TeraTermなどのターミナルソフトへメッセージ入出力(19200bps 8-Non-1)
・低電力動作:Sleep処理
・使用ライブラリ:HAL

STM32Fx Simple-Template Overview
STM32Fx Simple-Template Overview

STM32評価ボードデモソフトから見えるサンプルソフトの問題点

STM32評価ボードのデモソフトは、マイコンサンプルソフトの問題点を示しています。この問題点は、マイコンサンプルソフト全般に言えます。

サンプルソフトの問題点とは、1つの機能を、初期設定と無限ループを使って説明する点です。この方法は、初心者が単独機能を理解する際には、動作が解り易く、優れています。

しかし、実際のアプリケーションでは、複数の機能が並列的に動作するのが普通です。実アプリケーションの[複数並列(的)動作]と、サンプルソフトの[無限ループ単独動作]とのギャップが大きいことが、マイコン初心者にとっての大きな障壁です。

結論から言うと、サンプルソフトの解り易さに貢献している無限ループの時間消費(浪費)が問題です。

デモソフトの具体例

具体的にSTM32評価ボードのデモソフトで説明します。無限ループ内のLED点滅処理が下図です。

Sample Software Infinite Loop Trouble
Sample Software Infinite Loop Trouble

LED点滅速度は、SW割込みのCallback関数で変えます。このサンプルソフトは、LED出力とSW入力が並列動作しています(サンプルソフトとしては、SW割込みを使う点で珍しい例)。

LED点滅処理を繰り返すのが、無限ループの目的です。1ループのLED処理は、500/100/50ms毎に1回トグルを実行し、その他の時間は、HAL_Delayで時間消費(浪費)です。殆どのサンプルソフトは、この構成です。

つまり、

典型的サンプルソフト ➡[単独処理+時間浪費]の繰り返し

これにより1つの機能を説明する構成です。この方法は、説明の受け側にとっては、解り易いものです。単独処理の中身は、ポーリングが多いのも特徴です。ポーリング結果で、別処理へジャンプするなどします。

別処理の無限ループへの追加

STM32評価ボードのデモソフトは、割込みでSW入力の別処理を追加しています。しかし、無限ループへ、割込み以外で別処理を追加するのは困難です。なぜなら、[単独処理+時間浪費]へ別処理を追加するには、時間浪費の時間を変えるしか手がないからです。

時間浪費の時間を変えたとします。すると、[単独処理+追加処理+変更した時間浪費]となり、既に存在したLED点滅処理の点滅間隔が変わる可能性が生じます。

つまり、処理追加により既存処理へも影響が及ぶのです。厳密には、割込みでも既存処理へ影響が及びますが、その影響は極わずかです。

処理追加で既存処理に影響が及ぶので、追加前の既存処理単独でのデバッグが無駄になります。デバッグの積み重ねができないのです。

それならば、いつも割込みで処理を追加すれば良いかというと、そうでもありません。

割込み処理は、ポーリングに比べデバッグが難しくなります。また、割込み処理のサンプルソフトは、ポーリングに比べ少数です。

サンプルソフトは、単独動作の説明に重点を置いたポーリング動作のものが多数で、実アプリケーション開発へ、そのままでは使いにくい構成、構造になっていることがお判りになったと思います。

弊社マイコンテンプレートの対策

デモソフトのLED点滅処理に着目したのが、弊社マイコンテンプレートです。500ms、100ms、50ms毎に1回処理し、その他の時間は、別処理、低電力処理(Sleep処理)を時分割で処理します。

つまり、

弊社マイコンテンプレート ➡ ①[単独処理]終わり
____________ ➡ ②[別処理]終わり
____________ ➡ ③[低電力処理]終わり
____________  ①~③の繰り返し

簡単に言うと、時分割の無限ループランチャーです(起動される①側からみると、単独で無限ループ内にあるのと同じ、②、③も同様)。複数処理を起動する仕組みをテンプレート自体が持っているとも言えます。

RTOS: Real Time Operating systemを使うと複数処理起動が簡単です。しかし、RTOS理解のオーバーヘッドが必要です。弊社マイコンテンプレートは、簡易的に処理を並列に起動します。

起動される側の処理は繰り返し起動されますので、ポーリング動作のサンプルソフトの多くがそのまま流用できます。数多くあるポーリングサンプルソフトを活用、流用してアプリケーションの早期開発ができるのが、弊社マイコンテンプレートの特徴です。

また、STM32Fxシンプルテンプレート仕様から解るように、実アプリケーションに最低限必要な、低電力処理、LED出力、SW入力、UART-USB通信の各処理は既にシンプルテンプレートに実装済みです。

このシンプルテンプレートへ実用アプリで必要となる処理を追加しさえすれば、直ぐに最終段階アプリとなる構成になっています。プロトタイピング開発に適し、実アプリケーションとサンプルソフトとのギャップを小さくします。

もちろん処理を追加や削除しても、既存処理への影響が小さいので、デバッグの積み重ねもできます。

STM32評価ボードNUCLEO-F072RB選定理由

STM32マイコンテンプレートを開発するにあたり、秋月電子さん販売中の多くのSTM32評価ボードのうち、Cortex-M0のNUCLEO-F072RBとCortex-M3のNUCLEO-F103RBを選びました。今回は、この選定理由を示します。

STM Evaluation Boards and MCUs Performance
STM Evaluation Boards and MCUs Performance

NUCLEO-F072RB選定の理由(ARM Cortex-M0)

STMサイトに散りばめられたSTM32 MCU情報から、NUCLEO-F072RB選定の決め手となった資料が下記4つです。UM: User Manual、AN: Application Noteです。

1) UM1779          Getting started with STM32CubeF0 for STM32F0 Series
2) AN4735           STM32Cube firmware examples for STM32F0 Series
3) UM1718          STM32CubeMX for STM32 configuration and initialization C code generation
4) UM1727          Getting started with STM32 Nucleo board software development tools

1)はボード毎に提供されるサンプルソフト数を記載し、STM32F072RBが134個と断トツに多いことが判ります。STM32F072RBとは、NUCLEO-F072RB実装MCUです。MCU/ボードの混在表記なので注意が必要です。2)は、1)のサンプルソフト詳細内容が示されています。

3)は、2)のサンプルソフトを生成するコード生成ツールSTM32CubeMXのユーザマニュアルで、スタンドアロンやEclipse IDEプラグインなどの3動作モードと使用法が書かれています。4)は、STM32MCU開発に使える4IDEの紹介です。

これら資料から、STM32マイコンテンプレートの開発環境を以下としました。

・評価ボード: NUCLEO-F072RB(64ピンSTM32F072RBT6実装、ROM 128KB/RAM 16MB、DAC/CAN/USB等)
・統合開発環境:SW4STM32(無償版コード生成サイズ制限なし)+STM32CubeMxプラグイン

※KeilのuVision(MDK-Lite)は、STM32F0/L0専用ライセンスを使うとコードサイズ256KBまで利用可能です。しかし、F0/L0専用となりSTM32F1開発(NUCLEO-F103RB選定理由参照)には残念ながら使えませんのでやめました。F0/L0のみ開発をする方は、2018年2月までの期間限定のようですが、無料で全機能使えます(少し使ってみた感想はエディタが貧弱ですがまあまあという感じです)。

数種類の評価ボードが簡単に入手できても、STM提供サンプルソフト数が少ないものもあります。弊社マイコンテンプレートは、これらサンプルソフトが簡単に組込めることを特徴としますので、サンプル数の多さは、テンプレート活用機会も多くします。

以上のことから、STM32マイコンテンプレート開発環境を決めました。

STM32 Template Development Environment
STM32 Template Development Environment

STM32マイコンテンプレート開発方針

これら4つ以外にも、様々な有用資料(例えばAN4617:Migrating between STM32F0 and STM32L0 microcontrollersなど)がサイト内に散りばめられていて、ハッキリ言ってCypressサイトなどと比較すると、平面的で資料が見つけにくいサイト構成です。応答速度も遅いです。
しかし、掲載資料は、いずれも優秀なエンジニアが書いたものと思われ、英文量は多いものの中身は良好です。

STM32マイコンテンプレート開発では、このSTMサイトリンクもブログ記事に積極的に掲載しようと思います。私の下手なブログ記事を読むより、STMサイトへ直接アクセスする方が良い読者も多いと思うからです。その結果、2016年マイコン売上5位の実力を持つSTM MCUを使う弊社STMマイコンテンプレートのご購入者が増えることも期待もしております。

NUCLEO-F103RB選定の理由(ARM Cortex-M3)

これまで弊社テンプレート対象MCUは、Cortex-M0/M0+クラスでした。しかし、前回記事に記載したようにRTOSやCMSIS普及を考慮すると、このクラスに拘る必要が薄くなってきました。

MCU価格では、Cortex-M4のSTM32F303K8T6が410円、Cortex-M0のSTM32F042K6T6が250円とややM4が高いものの、ここで使うM0/M3評価ボード価格は、どちらも1500円で同じです(2017年5月秋月販売価格)。

製品の大きさが許せば、評価ボードをそのまま製品へ実装するというのは、いつも私が考える製品構想です。評価ボードが同価格なので、コア性能が不足しても、ホードごと載せ替え可能で安心です。STM32評価ボードは、UM1724: STM32 Nucleo-64 boardで詳細が解ります。

しかも、STM32ソフトウエアスタック(UM1779掲載)から、コアクラスの依存性が低いテンプレート作りも可能だと思います。つまり、LL: Low Layerの代わりにHAL: Hardware Abstraction Layerを使ってテンプレート開発すれば、STM32F0(Cortex-M0)以外にSTM32F1(Cortex-M3)、他のコアへも適用できると考えるからです。

STM32CubeMx Software Stack
STM32CubeMx Software Stack

この可能性を検証するために選んだCortex-M3評価ボードが、NUCLEO-F103RB(64ピンSTM32F103RBT6実装、ROM 128KB/RAM 20MB、CAN/USB等)です。勿論、LLの方が高速処理可能でしょうが、HALの移植性の高さも捨てがたい利点があります。

NUCLEO-F103RB
NUCLEO-F103RB

そこで、STM32マイコンテンプレートでは、あえてF0やF1などと対象コアを明記せず、両方に対応できる(と今は思っている)HAL版テンプレートと、速度重視のLL版テンプレートの両方を開発する予定です。HALで共通化できない場合には、LL版のみをリリースします。この開発経緯などもブログに記載していきます。

*  *  *

STMのMCUが、2016年マイコン売上5位というのは驚きでした。少なくとも私の周りにはSTMマイコンを使う人がいなかったからです。入手性も良く評価ボードも低価格です。STMサイトの情報がもう少し解り易く整理されれば、日本でも人気がでるMCUだと思います。また、HALやCMSIS対応も他社に比べて早そうなので、今後の発展性も期待できます。

まとめると、STM評価ボードは、サンプル数の多さからCortex-M0のNUCLEO-F072RBを選び、M0/M0+とM3とのテンプレート共通化検証のためCortex-M3のNUCLEO-F103RBを選びました。IDEは、Eclipse IDEベースのSW4STM32へSTM32CubeMXをプラグインしてテンプレート開発に使います。

私は、STMサイト構成が、平面的、網羅的で情報検索しにくいと思うので、ブログに関連資料などへのリンクを掲載し、テンプレート開発経緯を記載していきます。